獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
特に冬に気をつけたい猫の病気の一つに『特発性下部尿路疾患』があります。あまり聞きなれない病名かもしれませんが、実は猫に非常に多い病気で、なおかつ冬になると特に増える病気です。
そこで今回は、この猫の下部尿路疾患についてお伝えします。
猫の特発性下部尿路疾患は、猫では排尿に問題がおこる病気の原因の中でも、最も多い原因として知られています。とはいえ、『特発性』という名前のとおり、そのメカニズムについては、まだまだわかっていないことも多い、そんな病気です。
また、動物の泌尿器は、腎臓→尿管→膀胱→尿道があり、この順に尿が流れていきます。この泌尿器の中でも、出口に近い膀胱と尿道を下部尿路と呼びます。したがって、特発性下部尿路疾患とは、「原因不明の膀胱あるいは尿道に炎症を引き起こす病気」と言えます。同じような下部尿路の病気には、細菌性膀胱炎、尿路結石症(膀胱結石、尿道結石)、膀胱腫瘍(がん)などがあります。
現在のところ、猫の特発性下部尿路疾患については、原因不明ですが、様々な要因が絡み合っていると考えられています。特に筆者の経験でも『ストレス』が大きく関わっていると感じています。たいていの特発性下部尿路疾患は、猫が非常に神経質の場合や、多頭飼育の環境、さらには引越しや家に人や他の動物が増えたというような環境の変化が関係して、発症していることが多いと考えています。
日本で暮らす多くの猫は、寒くなると暖かい場所に止まり、あまり動かなくなります。そのため、活動量が減り、肥満傾向になります。さらにはお水を飲む量も減ってしまい、その分濃い尿をしたり、トイレを我慢するようになります。
肥満と飲水量の低下、トイレの我慢は、特発性下部尿路疾患はもちろん、細菌性膀胱炎や尿路結石のリスクになります。そのため、冬では特発性下部尿路疾患を含む泌尿器の病気が多くなります。
猫の特発性下部尿路疾患の主な症状は、頻尿、血尿、有痛性排尿、不適切な場所での排尿があります。これらの症状については、たいていは、どれか一つの症状というよりも、複数の症状を併せ持つことがほとんどです。
さらには、これらの症状は、特発性下部尿路疾患以外の病気でも同じように見られることがあります。特に尿路結石症においては、尿路閉塞という命に関わる状態に陥ることがあります。そのため、症状だけで病気を予測することは非常に危険です。下部尿路の症状については、異常が見られた時点で、なるべく早く動物病院にかかるようにしてください。
何度もトイレへ行く仕草が見られる状態のことを頻尿と言います。猫の特発性下部尿路疾患では、膀胱や尿道の炎症が見られ、尿が溜まっていないにも関わらず、残尿感のようなものから、何度もトイレへ行ってしまいます。そのため、頻尿になると、数秒から数分の間隔で何度ものトイレに入り、排尿姿勢をとるようになります。
しかも排尿時間は通常の排尿よりも長時間になることが多いのですが、排尿自体はほとんど見られません。全く尿が出ないか、あるいは数滴ほどの尿が見られることが多いです。
(ちなみに、何度もトイレへ行き、その度に大量の薄い排尿をする症状は、『多尿』といい、頻尿とは別の症状になります。)
また、頻尿で注意が必要なのは、尿路結石症で石が尿道に詰まった状態、いわゆる『尿路閉塞』でも同じような症状が見られることです。特発性下部尿路疾患では、膀胱内にはほとんど尿が溜まっていないにも関わらず、炎症からくる違和感で何度もトイレに入るのですが、一方で尿路閉塞では、実際に膀胱には多量の尿が溜まっていて、結石が詰まったせいで排尿できなくなってしまった状態になります。
尿路閉塞では、実際に尿が溜まっているのに排尿できない状態は、時間が経つにつれ、急性腎不全や膀胱破裂など、命に関わるような状態に陥ってしまいます。そのため、尿路閉塞の場合は、緊急的に治療を行う必要があります。しかし一見すると、特発性下部尿路疾患の頻尿症状との区別がつかないため、万が一のため、頻尿が見られたら、その時点でなるべく早く動物病院を受診するようにしてください。
血尿は、尿の中に血液が混ざる症状です。また、血尿には、尿全体が赤色〜ピンク色になるタイプの血尿と、通常の尿の中に、血の塊(血餅)が混ざるタイプの血尿、それら両方が見られるタイプの血尿があります。猫の特発性下部尿路疾患では、いずれのタイプの血尿も見られます。
さらには頻尿と同じように、他の下部尿路の病気、さらには腎臓や尿管の病気でも血尿が見られますし、血液の病気、熱中症など、泌尿器以外の病気によっても血尿が見られることがあります。
血尿は、通常は頻尿ほど緊急性はありません。しかし、中には血餅が尿道を塞ぎ、尿路閉塞を引き起こすことがあります。そうなると尿路結石と同じように急性腎不全など非常に重篤な状態に陥るリスクがありますので、やはり注意は必要です。
有痛性排尿は、排尿するときに痛みを感じる症状です。実際には、排尿時に痛そうに鳴き声を出したり、あるいは排尿姿勢を取ってもすぐにやめてしまう、といった仕草が見られます。有痛性排尿は、ほとんどの場合、頻尿や血尿など他の症状を伴っています。
また、尿路結石で尿路閉塞を起こしている状態でも、痛がるように鳴きますので、やはり他の症状同様、有痛性排尿でも、症状が見られたらなるべく早く、動物病院を受診してください。
猫の特発性下部尿路疾患では、いつものトイレ以外の場所で排泄することがあります。そのメカニズムは明らかではありませんが、特発性下部尿路疾患をはじめ、膀胱炎がある病気では、膀胱に十分な尿を溜めることができず、少量の尿をすることがほとんどです。そのため、トイレの回数が多くなり、トイレまで我慢ができずに排尿してしますことが考えられます。
また、排尿異常がある状態では、なるべく周りから隠れた場所で排泄をする本能があるため、それが理由でトイレ以外の場所で排泄をしている可能性もあります。
頻尿や血尿など、下部尿路疾患が疑われる時、診断を進めるにあたって最も大切な検査になるのが『尿検査』です。尿検査では、尿タンパクの有無やpH、比重などの尿の性状を調べたり、顕微鏡では結晶や細胞、細菌の有無を調べたりします。
猫の特発性下部尿路疾患では、尿路結石症や細菌性膀胱炎とよく似た症状が見られますので、これらの病気を区別するために、尿検査は非常に重要な検査となります。
実際に尿検査を実施する際には、尿を採取しなければならないのですが、採取方法は、自然排尿の採取、尿カテーテルによる採取、膀胱穿刺による採取があります。尿カテーテルと膀胱穿刺は動物病院で行う必要があるのですが、自然排尿よりも正確な検査をすることができます。
その一方で、自然排尿の採取は自宅でもでき、猫への負担もほとんどありません。そのため、たいていは、まず自宅での採取を勧められることが多いのですが、中には採取が難しい猫もいます。
尿検査は、下部尿路疾患の検査だけでなく、高齢の猫に非常に多い慢性腎臓病の検査でも重要ですので、できるだけ自宅での採尿ができるようにしたいところです。実際の採取方法については、それぞれの動物病院でのノウハウがありますので、ぜひかかりつけの動物病院に相談してみてください。
猫の特発性下部尿路疾患の治療は、その原因が不明なため、対症療法と食事療法がメインになります。
対症療法では、膀胱炎の症状を緩和させるために、消炎剤が用いられます。消炎剤を使用することで、早く頻尿状態を改善させることができます。また、抗生物質を処方されるケースもありますが、猫の特発性下部尿路疾患の多くは、細菌感染はあまり多くないと考えられています。したがって、抗生物質が処方される際には、尿の細菌培養検査を行い、その結果に基づいて使用されます。
一方で、食事療法は、動物病院の療法食を用います。猫の下部尿路疾患の中でも、尿路結石症に関しては、療法食による管理が一般的ではありますが、実は最近は、特発性下部尿路疾患でも療法食が有効と考えられています。
ただし、筆者の印象ですが、特発性下部尿路疾患の療法食は、その効果が現れるまで時間がかかることが多いです。例えば、特発性下部尿路疾患は原因がはっきりわからないため、治療方法によっては、対症療法は行わず、食事療法だけを行うケースもあります。そのような場合では、症状が改善するまで1週間近くかかることがあります。
猫の特発性下部尿路疾患を予防するためには、体重管理、飲水量の確保、ストレスケアが必要だと思われます。
体重増加、つまり肥満は、下部尿路疾患のリスクが高くなることがわかっています。特に冬場は肥満になりやすい時期ですので注意が必要です。猫の体重管理の基本は食事管理です。肥満傾向の猫は、今一度、キャットフードの種類や量を見直してください。ただし、むやみに減量させると、逆に体の負担になることがありますから、ダイエットを行う場合は、動物病院に相談することをお勧めします。
また、水分をしっかり摂取して、尿量を確保することも、下部尿路疾患の予防には有効です。猫は少しずつしかお水を飲みませんが、その分、いろんな場所で飲みますので、飲水場所を増やしてあげることは有効です。また水道から直接飲むこともありますので、こまめに蛇口からお水を出してあげるなどの工夫をしてあげてください。
また、食事での水分摂取については、同じ水分量でも、ドライフードをふやかしたものより、ウェットフードを食べたほうが尿量が増えることがわかっています。下部尿路疾患の管理では、ウェットフードも積極的に取り入れてあげるようにしましょう。ただし、猫のウェットフードについては、特にレトルトパウチの製品では、総合栄養食でないものも多いため、主食にする場合は、必ず総合栄養食のウェットフードを選ぶようにしてください。
あと、猫の特発性下部尿路疾患は、ストレスが大きく関わっていると考えられています。そのため、普段から猫のストレスケアを行うことも、特発性下部尿路疾患の予防には有効と考えます。猫のストレスケアは、まだまだわかっていないことも多くありますが、一人でゆっくり休める場所を作る、多頭飼育の場合は、生活空間をできるだけ広くする、トイレの数を飼育頭数+1にするなどの対策は有効です。
猫の特発性下部尿路疾患は、頻尿や血尿などを認める泌尿器系の病気です。特に冬に多く見られる病気で、これらの症状は、特発性下部尿路疾患だけでなく、その他の泌尿器系の病気でも見られる症状で、中には命に関わるものもありますので、泌尿器系の症状が見られた時は、なるべく早く動物病院を受診するようにしてください。
また、猫の特発性下部尿路疾患を予防するためには、肥満予防や飲水量の確保、ストレスケアに努めるようにすることをお勧めします。
執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
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