獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
猫の脱毛症は、猫の病気の中でも多く見られ、その原因も様々です。
中には、脱毛だけでなく、様々な症状を引き起こし、場合によっては全身状態が悪化してしまうものもありますので、脱毛といっても注意が必要です。
そこで今回は、猫の脱毛症について、その原因や治療方法などについてお伝えします。
猫の脱毛症は、その名前のとおり猫の毛が抜けてしまう症状ですが、体の一部の毛だけ抜ける場合もあれば、全身のあちこちにいわゆる『ハゲ』ができるようなケース、さらには広い範囲で脱毛が広がってしまうケースなど、同じ脱毛症でも、いくつかのパターンがあります。
さらには、脱毛だけでなく、皮膚の湿疹やフケ、かゆみなど、他の皮膚症状を伴うこともありますし、体重が落ちたり、お水をたくさん飲むようになるといった全身症状が見られることもあります。
ここでは動物病院でよく見る脱毛の原因となる病気をご紹介します。
猫も人や犬と同じようにアレルギーが多く見られ、それによる皮膚炎で動物病院を受診するケースがあります。
猫のアレルギーには、ハウスダストや花粉といった環境中のアレルギー物質が引き起こすタイプと、食べ物のタンパク質がアレルギーを引き起こすタイプが知られています。人ではそれらのアレルギーの他に、金属アレルギーや食品添加物に対するアレルギーなども知られていますが、今のところ猫でそれらと同じようなアレルギーがあるかどうかは分かっていません。
猫のアレルギー性皮膚炎は、それらアレルギーを引き起こす物質の中でも、ノミによる『ノミアレルギー性皮膚炎』が多いと言われています。また、筆者自身の診療経験では、ノミアレルギー性皮膚炎の他にも、食べ物に対するアレルギーも非常に多いと感じています。
猫のノミアレルギー性皮膚炎では、主に首から背中、お尻にかけて、プツプツとした皮膚炎を伴う脱毛が見られます。また何よりも強いかゆみが見られるため、見ていて非常に辛い症状となります。
治療は、ノミ駆除薬を使い、さらにはシャンプーによって体についたノミやノミの死骸、卵などを洗い流します。また、かゆみが強い時はかゆみ止め、細菌感染を併発している時には抗生物質を使用します。
一方、食物アレルギーでは、症状が見られる場所は様々ですが、顔まわりや耳、あるいは手足やお腹周りに、かゆみを伴う脱毛が見られるようになります。
食物アレルギーの治療は、症状が強い時にはかゆみ止めや抗生物質を使用し、さらにはアレルギーを引き起こす食材を使用していないキャットフードに切り替えるようにします。
他にも、ハウスダストや花粉など、人と同じように様々な物質に対してアレルギーを起こしますので、猫のアレルギー性皮膚炎の症状は実に様々と言えます。以前は、猫のアレルギーに対して精度の高い検査方法がなく、きちんとした診断が難しかったのですが、近年は、より精度の高いアレルギー検査ができるようになりました。
しかし、アレルギーの診断は、検査だけでは不十分で、症状の経過や食事に対する反応など、総合的に判断する必要がありますので、アレルギーが疑わしい場合は、必ず動物病院の診察を受けるようにしてください。
好酸球というのは、血液の中に存在する白血球という細胞の一種です。好酸球は、もともとは寄生虫などが感染した時に、それを攻撃する役割=炎症を引き起こす役割を担っています。もちろん、そういった外敵から猫を守るために必要な炎症もありますが、好酸球性皮膚炎では、何らかの原因で、好酸球が皮膚に過剰な炎症を起こしてしまい、自分自身の皮膚を傷つけてしまいます。
好酸球性皮膚炎の根本的な原因は分かっていませんが、アレルギーが関係している可能性が考えられます。そのため、前述のアレルギー性皮膚炎が悪化した状態と考えることもできます。しかしその他にもいくつか要因が考えられ、未だにはっきりしたメカニズムは分かっていません。
好酸球性皮膚炎は、体のあちこちにできますが、お腹と首回りに見られることが多いです。脱毛に加え、痒みとブツブツした皮膚炎、あるいはその皮膚炎が大きくなり、赤く平たい状態になった『局面』と呼ばれる状態が見られるようになります。
好酸球性皮膚炎の診断は、皮膚や血液中の好酸球の状態を確認することで行われます。
猫の好酸球性皮膚炎は、症状が強い時は、ステロイドで治療を行います。ただしステロイドはあくまでも症状を緩和するための対症療法ですので、できるだけアレルギーなどの原因を見極め、根本的な治療にアプローチすることが重要です。
猫の膿皮症は、細菌感染によって引き起こされる皮膚炎です。膿皮症で見られる細菌は、ほとんどが正常な猫の皮膚にも見られる細菌です。それが何らかの原因で、皮膚の細菌のバランスが崩れ、炎症を引き起こす細菌が増殖してしまい、膿皮症を発症すると考えられています。
膿皮症にかかった猫は、脱毛やフケ、かゆみなどが見られ、舐めたりこすったりすることで悪化し、病変部がジュクジュクしたりします。
細菌感染に対しては、抗生物質を使用して治療します。一時的なものであれば、治療によって皮膚のバリア機能も正常化し、完治させることができます。しかし、アレルギー性皮膚炎のように完治が難しい病気が隠れていると、抗生物質で治療をしても、治りきらない、あるいはすぐに再発してしまうといった状況に陥ってしまいます。
そのため、再発を繰り返す膿皮症に対しては、細菌への治療だけでなく、皮膚のバリア機能を壊してしまう隠れた原因にアプローチすることが重要です。
猫の皮膚糸状菌症は、真菌、いわゆる『カビ』の感染による皮膚炎です。一般的には、健康な猫では皮膚糸状菌症はほとんど見られず、子猫や高齢猫、あるいは猫エイズウイルスに感染した猫など、免疫力が弱い猫で見られる病気です。中でも、筆者の病院では、外で生まれて保護された子猫での感染するケースが多く見られています。
皮膚糸状菌症に感染した猫は、体のあちこちにフケや脱毛が見られ、特に子猫では頭部や首回りに症状が見られることが多いです。
治療は抗真菌薬という薬を使用しますが、猫自身の免疫力が弱いため、治療期間は通常は数ヶ月に及びます。また、子猫の場合は、成長とともに免疫力も高まりますので、高齢猫や病気の猫よりも回復力が強い傾向があります。
また、筆者の個人的な経験では、アガリクスのような免疫力を高めるサプリメントを併用することで、より治療効果が高まる印象があり、特に子猫では脱毛後の発毛も早くみられることが多いです。
甲状腺は、体の代謝を司るホルモンで、高齢の猫では、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される甲状腺機能亢進症がみられることがあります。
甲状腺機能亢進症では、体の代謝が異常になり、左右対称性の脱毛症が見られることがあります。そのほかにも、体重減少、過敏な反応、多飲多尿(排尿や飲水量が異常に増える状態)などが見られるようになります。
猫の甲状腺機能亢進症は、血液検査で甲状腺ホルモン濃度を測定することで診断します。治療は外科手術による甲状腺の摘出や、甲状腺ホルモンが作られないようにする薬を投与します。また、最近では甲状腺機能亢進症用の療法食を利用することで、外科手術や内服薬よりもよりマイルドに治療できるようにもなっています。
高齢の猫では、皮膚の扁平上皮癌やリンパ腫などのガンが原因で脱毛を起こすことがあります。筆者の経験上、どちらも珍しいガンで、さらには一見、皮膚炎との区別がつきづらいため、発見が遅れることがあり、注意が必要です。そのため、治りづらい皮膚炎では、皮膚生検(皮膚の一部を切除してその構造や細胞の状態を検査します)など、より積極的な検査が必要になります。
また、これらのガンは全身の皮膚に散在するため、すべて外科的に切除することができないため、抗がん剤による治療を行います。
そのほかのガンでも、『腫瘍随伴性症候群』と言って、ガンにかかることで全身の代謝が変化し、その結果、脱毛が起こることもあります。
猫の心因性脱毛は、何かしらのストレスが原因で、体の一部を舐めすぎてしまったり、口で毛を抜いたりかじったりすることで脱毛症になってしまうことがあります。
ストレスがあるとなぜ舐めすぎてしまうのか、そのメカニズムは分かっていませんが、体を舐めることでストレスを紛らわせているものと考えられています。
心因性の脱毛は、体のあちこちと言うよりも、特定の場所を集中して舐めるため、体の一部分が脱毛しているケースがほとんどです。また、心因性脱毛を診断する方法がないため、基本的には除外診断(他の脱毛症の原因を否定して、消去法的に診断する方法)によって診断します。
猫の心因性脱毛は、ストレスが原因ですので、そのストレスを取り除くことが重要です。ただし、ストレスの原因については、様々なものがあり、多頭飼育だったり、生活空間の広さだったり、家族との関係だったり。これも一つ一つ対策をして、体を舐める仕草が減っていくかどうかを確かめることが重要です。また、脱毛した場所が炎症を起こしていたり、感染を起こしている場合は、飲み薬や塗り薬などで治療する必要があります。
このように、猫の脱毛症は実に様々な原因で発症します。しかも完治が難しいものも多いですし、放っておくと感染症など重症化するものもあります。
そのため、猫に負担をかけないためにも、脱毛症は早期発見が重要です。日々のブラッシングやスキンシップで、定期的に猫の被毛や皮膚の状態をチェックしてあげてくださいね。
執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
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