獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
犬の肥満細胞腫は、名前の通り「肥満細胞」のガンです。
と言っても、”肥満”細胞って太っている犬のガンというわけではなくて、もともと全ての犬の体には「肥満細胞」という細胞が存在していて、それがガンになってしまう病気のことです(ちなみに太っている犬に多い細胞は「脂肪細胞」です)。
では、その肥満細胞ってどんな細胞かと言いますと、実は身体のあちこち、赤血球や白血球のみたいに、全身に存在する細胞です。
なので肝臓や腎臓みたいに特定の臓器を作るわけではありませんので、普段、私たちは肥満細胞を目にすることってないんです。
肥満細胞の生まれは、血液関係の細胞(赤血球とか白血球)と同じく骨髄で生まれる細胞で、その後全身に移動していきます。
さらに肥満細胞は、ヒスタミンなど炎症に関わる物質を分泌する細胞で、実際に肥満細胞が刺激されると、強い炎症が起こります。
そのため、ガンになった肥満細胞腫では、他のガンと比べて炎症が強く、さらには出血しやすくもなります。
肥満細胞腫は、全身に見られるガンですが、中でも皮下組織という皮膚の下にある組織に多く見られます。
なので、見た目には「皮膚のしこり」として見つかることが多く、犬の皮膚・皮下組織にできるガンのうち、20%ほどが肥満細胞腫だと言われています。
他にも肝臓や脾臓、骨髄にも見られることがあります。
肥満細胞腫の病状も様々で、外科切除で完治するケースもあれば、かなり早い時間で転移してしまう悪性度の高い、つまり余命も短いものもあります。
ボクサー、ボストンテリアは好発犬種と言われています。さらには、ブルドッグ、バセットハウンド、ゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、ビーグル、スコティッシュテリアなども好発犬種とする文献もあります。
また近年は、パグでは皮膚の肥満細胞腫が多発することが知られています。
今のところはっきりした原因はわかっていません。
ただし好発犬種があるように、遺伝子が関係している可能性はあります。
特にc-kit遺伝子という遺伝子に異常があると、肥満細胞がガンになることが知られています。
しかし、c-kit遺伝子に異常がなくても肥満細胞腫になってしまう犬もいますし、逆にc-kit遺伝子に異常があっても、肥満細胞腫を発症しない犬もいるようです。
ちなみに遺伝子については、一般的な話として、その病気の遺伝子を持っていたとしても、必ずその病気になってしまうわけではありません。
中には、病気の遺伝子を持っていても、発症しないこともあります。
病気になるには、遺伝子が存在するだけじゃなくて、その遺伝子のスイッチを入れる必要もあるのです。
しかし、今のところは肥満細胞腫の遺伝子のスイッチが何なのかはわかっていません。
また、肥満細胞は炎症物質を分泌することから、何かしらの炎症が、肥満細胞腫の発症に関係しているのでは、と考えられています。
どのような症状がありますか?動物病院を受診するポイント
肥満細胞腫で最も多い皮膚・皮下組織型は、いわゆる「皮膚のしこり」として発見されます。
しこりは一ヶ所のこともありますし、多数見られることもあります。
基本的には体のあちこちにできますが、中でも胴体や陰部周辺にできることが多いと言われています。
パグは皮膚のあちこち、1ヶ所だけというよりは、複数のしこりができやすいと言われています。
しかしほとんどの皮膚・皮下組織型の肥満細胞腫はバリエーションが様々で、見た目で他のガンと区別することができません。
さらに場合によっては、怪我などの炎症に見えることもあるため注意が必要です。
また、肥満細胞が分泌するヒスタミンなどの炎症物質が、しこり自体の炎症を引き起こしてしまうので、虫さされのように赤く腫れたり、場合によってはかさぶたができることもあります。
しかもその程度は様々で、中には数時間でひどく腫れてしまう場合もあるんです。
さらにはその分泌された炎症物質が全身に巡ることで、嘔吐や低血圧、不整脈などの症状を引き起こすことがあり、重い症状だと呼吸困難で命に関わる状態に陥ることもあります。
皮膚・皮下組織の肥満細胞腫は、他のガンと比べて炎症が強く、その症状は厄介ですので、そうなる前に、つまり体にしこりを見つけた段階で、早めに動物病院を受診されることをお勧めします。
特に肥満細胞腫は巨大化して進行してしまうとうまく治療できなくなることも多いため、早期発見、早期治療が重要です。
肥満細胞腫が疑われる時動物病院では、針を刺してしこりの中の細胞を吸引し、顕微鏡でチェックする検査を行います。
肥満細胞腫の顕微鏡所見は割と特徴的ですので、多くの場合はこの細針吸引検査で診断することができます。
また、内臓やリンパ節への転移は、レントゲン検査や超音波検査、CT検査などで調べていきます。
さらにはこれらの検査に加えて、外科切除したガン組織を調べる「病理検査」を行い、肥満細胞腫の悪性度を調べていきます。
悪性度は3段階あり、グレード1が悪性度が低く、グレード3が最も悪性度が高く、余命も短くなります。
具体的な余命に関しては、肥満細胞腫と同じ名前がついてもそのバリエーションは様々なので、余命も様々です。
そのため平均的な数字で示すのは難しいと考えます。
肥満細胞腫の治療方法は、大きく分けて次の3つの方法があります。それぞれの治療方法は単独で行うこともあれば、複数の治療方法を組み合わせて行うこともあります。
体にできた肥満細胞腫を外科手術によって切除する方法です。
肥満細胞腫の治療で最もスタンダードな治療方法です。
他のガンと比べて違う点は、ガンを切除するときに、見た目よりも大きく切除する点です。
肥満細胞腫では、がん細胞の多くは、見た目よりも広範囲に存在しているため、見た目のしこりだけを切除すると、細かく広がったガン細胞を取り残してしまい、再発させてしまいます。
そのため、より広く、より深く切除する必要があるのですが、これは肥満細胞腫のグレードが高くなる(より悪性度が高い)ほど、より広範囲に切除する必要があります。
指先にできた肥満細胞腫では、指ごと切断することもあります。また、陰部や肛門近くに肥満細胞腫ができてしまうと、広範囲な切除ができないケースもあり、その時は放射線療法や化学療法を組み合わせて、取り残したガン細胞を抑え込む治療を併用します。
放射線療法は、外科療法で取り残したガン細胞を叩くために外科療法の後に実施されます。また、外科切除が難しい場所に発生した肥満細胞腫に対しても実施されることがあります。
放射線療法は、放射線自体に細胞を破壊する力がありますので、それをガン細胞に照射することで、細胞を破壊する治療方法です。
実際には、ガン細胞への照射は複数回実施するのですが、毎日照射する方法や一定の間隔を空けて照射する方法など、治療の進め方にはいくつか方法があります。
これにより、犬によっては、かなり長期間、ガン細胞を抑え込むことができます。
しかし、放射線はガン細胞だけでなく、正常な細胞をも破壊してしまうため、中には皮膚がただれてしまったり、毛が抜けてしまうなどの副作用が見られることもあります。
また、放射線療法は特殊な機器を使用するため、実施できる施設が限られています。
抗がん剤を投与することで、ガン細胞を叩く治療方法です。
化学療法は通常、外科手術で取り残したガン細胞や、外科手術不可能な肥満細胞腫、再発性の肥満細胞腫、そして他の臓器に転移している肥満細胞腫に対して実施されます。
肥満細胞腫に対しては、様々な抗がん剤が使用されますが、中には悪性度の低い肥満細胞腫に対しては、一般的に「ステロイド薬」と呼ばれるプレドニゾロンを使用することがあります。
ステロイドは様々な病気で使用され、よくその副作用の怖さが話題になっていますが、化学療法においては非常に重要な役割を担う薬です。
中でも肥満細胞腫では、他のガンと比べるとステロイドのメリットが大きいため、積極的に使用されます。
ただし、その場のガン細胞は抑え込むことができても、最終的な延命効果はあまりなく、しかもだんだんとプレドニゾロンが効かなくなってくるため、その後の対応について、十分に考えておく必要があります。
ある程度悪性度が進んだ肥満細胞腫では、以前は、ステロイドはもちろん、様々な抗がん剤を組み合わせて治療を行なっていましたが、なかなか有効的な方法がありませんでした。
それに対して、近年は「分子標的薬」を用いた化学療法が実施されるようになりました。
皮膚・皮下組織の肥満細胞腫では、前述したc-kit遺伝子に異常をもつ犬がいます。この場合、特定の分子標的薬が効果を示す可能性が高く、今では化学療法を実施する際には、多くの動物病院で取り入れられるようになりました。
通常の抗がん剤は、細胞分裂を止めることでガン細胞を死滅させる薬ですが、正常細胞の細胞分裂も破壊してしまうため、様々な副作用が見られます。
しかし分子標的薬はガン細胞の特定のメカニズムを攻撃するため、ガン細胞を効率よく叩くことができます。
さらには、今現在、犬の肥満細胞腫で使われる分子標的薬は飲み薬のため、自宅で投与でき、通院による犬や飼い主の方の負担を減らすことができます(その分、分子標的薬の取り扱いには十分な注意が必要です)。
私自身、これまで何頭も肥満細胞腫の犬の治療にあたらせていただきましたが、やはりその経過は非常に様々です。
肥満細胞腫の中でも、しこりが小さく、外科切除で取り残しがない場合は、やはりその後の再発も少なく、良好に経過することが多いです。
しかし、しこりが大きくなって手術が難しい犬や、取り残しがある犬では、その後、しこりが破れたりして強い炎症を起こしてしまい、犬が痛みによってかなり辛い思いをすることもあります。
その場合、化学療法も効かないことも多く、残念ながらそのまま亡くなってしまったという経験もあります。
またその一方で、外科手術を望まないケースでも、ステロイドや分子標的薬によってしこりが小さくなり、その後も元気に過ごしている犬もいます。
このように、肥満細胞腫の犬の経過は本当に様々ですが、やはりはっきり言えることは、なるべく早期発見できた方が、なんとかなることが多いということです。
普段からどんなことに注意して飼ったらいいですか?
最初にも書きましたが、肥満細胞腫の多くは皮膚や皮下組織のしこりとして発見されることが多いです。
しかし、見た目には他のガンとの区別がつきにくいガンですので、「ただのしこり」でも、様子を見ないでなるべく早く動物病院でチェックしてもらうことが重要だと考えます。
また、肥満細胞腫を予防できる方法は今のところ見つかっていません。
ですが、ガンについて一般的に言われていることは、不適切な食事や肥満、強いストレスがガンの発症と関わっていると考えられています。
そのため普段から、良質な食事を食べさせるようにする、適切な体重や体型を維持する、余計なストレスをかけないようにするといったことが重要かもしれません。
執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
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