獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
犬の脂肪腫は『脂肪細胞』が腫瘍化したもので、リンパ節や他の臓器に転移しない”良性”の腫瘍です。脂肪腫は主に皮下組織やお腹の中(腹腔内)や胸の中(胸腔内)に脂肪の塊のような腫瘍を作ります。また、稀に浸潤性の脂肪腫といって、脂肪腫が筋肉の間に入り込んだり、さらには靭帯や神経、血管、関節などにも入り込むタイプがあります。
脂肪腫は1ヶ所だけにできることもあれば、体のあちこちに発生することもあります。これはあくまで悪性の腫瘍のように転移しているのではなく、体質的にあちこちにできてしまうためと考えられています。
脂肪腫は腫瘍の中でも比較的よく見られる腫瘍ですが、明らかに罹りやすい犬種というのはありません。ただし、文献の中には、ラブラドールレトリバーやドーベルマンピンシャー、ミニチュアシュナウザー、コッカースパニエル、ミニチュアダックスフント、ワイマラナーで罹りやすいとするものもあります。
犬の脂肪腫のはっきりとした原因はわかっていません。基本的に脂肪腫のような良性の腫瘍は、体に害を与えることがほとんどないので、あまり積極的に研究されないというのもあるかもしれません。しかし、中齢から高齢の犬に多く見られること、肥満の犬に多いこと、メスに多いことが知られていますので、やはりホルモンや代謝の影響が大きいのでは、と考えられています。
脂肪細胞は、子犬の時は、肥満になると脂肪細胞の数がどんどん増えていきます。そして成犬になると、肥満の時には、脂肪細胞の数が増えるのではなく、一つ一つの脂肪細胞のサイズが大きくなります。
この脂肪細胞のサイズが大きくなる際、体の生理反応の中で目に見えないレベルの炎症が起こります。通常その炎症は、自分自身で抑えることができますので、特に問題になりません。しかし、肥満になるとその炎症が少しずつ体にダメージを与えていきますので、長期間、肥満になっていると体に様々な影響が現れます。
その影響の一つがガンの発生であり、脂肪腫もその影響を受けている可能性があります。ちなみにこの肥満による炎症は、いわゆるメタボリックシンドロームとも関係していて、人間では糖尿病やがん、自己免疫疾患などの病気とも関係があると考えられています。
どのような症状がありますか?動物病院を受診するポイント
皮下組織にできた脂肪腫は、いわゆる『しこり』として、体の表面で触れることができます。ほとんどの脂肪腫は柔らかくて弾力があり、通常の皮膚や皮下組織の腫瘍のような硬さはありません。また、筋肉にくっついていることは少なく、大抵皮膚と一緒に動きます。皮下組織の脂肪腫は、犬自身が気にすることはほとんどなく、何かしらの症状が見られるということはありません。飼い主の方が偶然触れることで見つけることがほとんどです。
一方、筋肉の間などにも脂肪腫ができることがあるのですが(浸潤性脂肪腫または筋間脂肪腫と呼びます)、その場合は、筋肉の間に脂肪が挟まっているような状態ですので、外から触ると筋肉にくっついているように感じます。また、関節の近くにできた脂肪腫は、関節の動きを妨げることがあり、その場合は跛行(はこう=足を挙げたり引きずったりして歩く様子)が見られたり、稀に痛みが出る場合もあります。
さらにお腹や胸の中にできる脂肪腫もありますが、これらは日常生活で気づくことはまずありません。また、通常は何の症状も示さないため、ほとんどが健康診断などで偶然見つかります。しかし、これらの脂肪腫は放っておくと、どんどんと巨大化し、臓器を圧迫することがあります。例えば腹腔内の脂肪腫は巨大化すると腸を圧迫するため、便秘や食欲低下などの症状を引き起こすこともあります。
これらの脂肪腫は、触診や細胞診(腫瘍に針を刺して、そこで採れる細胞をチェックする検査)で、おおよその診断をすることができます。しかし、稀に脂肪に紛れた他の腫瘍が隠れている可能性もありますし、さらにごく稀に悪性の脂肪肉腫などが見られることがあり、それは外科的に切除しての検査でしか診断がつかないものもありますので注意が必要です。
ですので、見た目が脂肪腫で間違いないように見えても、油断せずに積極的に検査を受けたいところです。体にしこりを見つけた場合は、たとえ脂肪のように柔らかいものでも油断せず、できるだけ動物病院でチェックしてもらうようにしましょう。
また、犬の脂肪腫は良性ですので、余命には影響を与えません。ただし、浸潤性脂肪腫が筋肉や神経、血管、あるいは腹腔内や胸腔内の臓器などに影響を与える場合は、機能的な障害を引き起こすものもあります。
どのようにして治療しますか?手術、抗がん剤など
犬の脂肪腫の治療は、基本的には外科手術による腫瘍の切除が基本となります。
皮下組織の脂肪腫は、腫瘍自体が被膜に包まれていることが多いため、他の体の部位との境界がはっきりしているので、比較的切除は容易に行われます。また、脂肪腫が複数ヶ所見られる場合は、一度の手術で複数ヶ所を切除することも可能です。しかし、犬の脂肪腫は切除しても、後でまた別の場所に発生してしまうことも多く、脂肪腫を見つけるたびに切除すると、いわゆるイタチごっこになってしまうこともあります。
そのため、何の症状も見られない場合は、そのまま経過観察をすることも多くあります。一般的に犬の脂肪腫は、その進行スピード(腫瘍が大きくなるスピード)は、月単位、あるいは年単位ですので、もし数週間で明らかに大きくなる場合は、脂肪腫以外の腫瘍が隠れている可能性もありますので、積極的に外科切除と切除後の病理検査でより確実な診断を行うことをお勧めします。
浸潤性脂肪腫も基本的には外科切除を行います。しかし、浸潤性脂肪腫の多くは、筋肉などに入り込んでいるため、すべての脂肪腫を完全切除することが難しく、手術をしても再発してしまいます。そのため、基本的には手術よりもそのままで経過観察することが多いのですが、中には痛みが出たり、機能障害を起こすものもありますので、その場合は症状を緩和させるために手術を行うこともあります。
浸潤性の脂肪腫も転移はしないので、基本的には機能的な障害がなければ余命には影響しません。
胸腔内や腹腔内の脂肪腫も、基本的には外科的に摘出することで治療を行います。
やはりこのタイプの脂肪腫も転移はしないので、手術をしないで様子を見ることも可能ですが、実はこのタイプは手術をしないと、「脂肪腫である」という正しい診断ができません。ですのでほとんどの場合、手術による摘出を行います。
なぜ手術前に診断ができないのかと言いますと、体内の脂肪腫は、ほとんど見た目に症状は見られないので、健診などの触診やレントゲン検査、超音波検査で偶然見つかります。そして実はこれらの検査では、お腹の中の腫瘍が脂肪腫なのか、他の腫瘍なのかが鑑別できないのです。
脂肪腫であれば、そんなに怖い病気ではないのですが、その他の腫瘍の場合は、中には手遅れになると命に関わるケースもあります。そのため、実際に開腹手術を行い、直接腫瘍を確認したり、病理検査を行い、確実に脂肪腫という診断を行う必要があるのです。
また、胸腔内や腹腔内の脂肪腫にも浸潤性のタイプもあり、その場合はやはり完全切除ができず、再発するケースもあります。
なお、犬の脂肪腫は良性で転移などしませんので、化学療法や放射線療法といった治療はほとんど行われません。
私の病院では、まず皮下組織の脂肪腫が疑われる場合、飼い主の方と相談して、針生検を実施します。針生検は、外科切除した後の病理検査よりも診断精度は低いのですが、手術ほど犬に負担がかからないため、現実的な検査方法として実施することが多いです。その針生検で脂肪腫が疑われる場合は、飼い主の方へ治療(外科手術)のメリットやデメリット、治療しない場合のメリットやデメリットをお伝えした上で、治療方針を決定します。
また、肥満が脂肪腫の発症要因と考えられていますので、肥満が見られる犬には減量をお勧めしています。
浸潤性脂肪腫は、手術をしても完全切除が難しいため、よほど生活上の問題が出なければ、経過観察していただくことがほとんどです。
胸腔内や腹腔内の脂肪腫は、やはり摘出しないと診断がつかないため、万が一悪性の腫瘍で手遅れになるリスクがある場合は、積極的な外科手術をお勧めしています。
普段からどんなことに注意して飼ったらいいですか?
今のところ、確実な脂肪腫の予防方法はありません。しかし、肥満が脂肪腫の発症と関係があると考えられていますので、普段から、食事や運動管理を適正に行い、適度な体重、体型を維持することは、発症予防に役立つかもしれません(100%予防できるわけではありません)。
もちろん肥満の予防は脂肪腫だけでなく、多くの健康上のメリットがあり、病気予防に役立ちますので、積極的に取り組んでいただければと思います。
また、ミニチュアシュナウザーやシェットランドシープドッグなど、遺伝的に脂質代謝が狂いやすい犬種は、さらに脂質代謝を考慮した食事やサプリメントなどを取り入れると良いかもしれません。
執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
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