獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
犬の血管肉腫は、名前の通り血管の細胞がガンになったもので、悪性腫瘍に分類されます。しかも転移も非常に起こしやすいため、悪性腫瘍の中でもかなり経過の悪いタイプの腫瘍と言われています。
そして血管肉腫は、血管が存在する身体中で発生する可能性があるのですが、多く見られるのは、脾臓や肝臓、そして心臓だと言われています。
血管肉腫のうち、脾臓や肝臓にガンができるタイプは、文献上は、ジャーマンシェパード、ゴールデンレトリバー、グレードデン、ボクサーなどの犬種に多いとされています。
また、心臓の血管肉腫は、ジャーマンシェパードとゴールデンレトリバーによく見られます。
ただ、今の日本では、大型犬よりも小型犬の方が圧倒的に多く、個人的には小型犬でも血管肉腫は見られるため、正しい統計調査は不明ですが、どの犬種でも起こりうる悪性腫瘍だと考えています。
血管肉腫の原因ははっきりわかっていません。しかし、人間で考えられている要因として、慢性炎症による腫瘍リスクは犬にも当てはまる可能性があります。つまり、血管に慢性炎症を引き起こす可能性のあるものは、血管肉腫のリスクになる可能性があります。
慢性炎症といっても、目に見える炎症ではありません。ミクロの世界で起こる細かな炎症なのですが、通常このような炎症が生じても、体が自分で対処して治してしまいます。しかし、過剰な炎症は慢性化してしまい、自分で炎症を抑えることができず、腫瘍のような異常を引き起こすと考えられています。
例えば、不十分な消化は、腸粘膜のバリア機能を低下させ、様々な物質が吸収されるようになり、その結果、血管内に様々な炎症性物質を生じさせます。この炎症反応が慢性的に続くと腫瘍を発生させるリスクが生じる可能性があります。
さらには血液の流れが悪くなるような要因、例えば脱水や高脂血症、逆に血流が過剰で血管の負担を増加させるような要因でも、腫瘍のリスクを高める可能性があります。
もちろんこれらは、今現在の段階では可能性の話であって、科学的に十分証明されたものではありません。たとえこのようなメカニズムが証明されたとしても、短期間の異常で腫瘍化するわけではありませんし、全ての異常が必ずガンを引き起こすわけでもありませんので、過剰に心配する必要はありませんが、少しでも犬の健康を気にかけるのであれば、ご注意いただければと思います。
(どのような症状がありますか?動物病院を受診するポイント)
脾臓や肝臓の血管肉腫は、初期の段階で明らかな臨床症状は見られず、徐々に元気が無くなったり、食欲が落ちたりと、様々な病気で見られる一般的な症状しか見られません。ですので、血管肉腫を早期発見するためには、定期的な健康診断を実施し、お腹の超音波検査やレントゲン検査でこまめにチェックしてあげる必要があります。ほとんどの血管肉腫は8歳以上の犬で発生しますが、若くして血管肉腫を患ってしまうケースがあるので、注意が必要です。
また、脾臓や肝臓の血管肉腫は、最終的には各臓器の機能が低下したり、あちこち他の臓器に転移したりして寿命を迎えることになります。しかし、中には突然命を落としてしまうケースもあります。それは、肝臓や脾臓の血管肉腫は非常に脆く、ちょっとした衝撃で簡単に出血してしまうことで、腹腔内の大量出血による失血死が起きた場合です。このような場合では、突然元気が無くなってしまったり、歯茎や肉球など、本来ピンク色をした部分が真っ白になっていたりしますので、そのような場合には、緊急的な対応が必要ですので、急いで動物病院を受診するようにしてください。
このように肝臓や脾臓の血管肉腫は、初期の場合では、特殊な症状があるわけでもないので、ついつい腫瘍の存在に気づかず、様子を見てしまいがちです。さらには転移してしまうことも多く、転移した臓器によっても、様々な症状を示すようになってしまいます。そして、ほとんどの血管肉腫は進行も早く、もし腫瘍から出血した場合には、救急処置が必要ですので、そうならないためにも、日頃からの早期発見のための健康診断をお勧めします。
心臓に発生した血管肉腫も、やはり初期症状は、単に疲れやすい、なんとなく元気がないという程度の症状が多いです。しかし進行すると、心臓の機能異常を起こしたり、心嚢水貯留という状態を引き起こしたりと重症化してしまいます。
その中で、心臓の機能異常でもっとも多いものが、『腹水の貯留』つまりお腹に水が溜まってしまう症状です。心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割をしていますが、血管肉腫によって、全身から心臓に入ってくる血液の流れが滞ってしまい、その結果、心臓の手前にある大きな静脈、つまり腹腔内の静脈に血液がうっ滞して、それがお腹にお水として溜まってしまうという状態に陥ります。
もちろん、外見からはお腹にお水がたまっているのかを判断することは難しいのですが、お腹が張っているように見えたり、息苦しそうな状態、バテやすぐ歩かなくなるなどの症状が見られた場合には、腹水の貯留の可能性がありますから、なるべく早く動物病院にかかるようにしましょう。
これらは他の様々な病気でも同じような症状を示すため、必ずしも血管肉腫の腹水というわけではありません。しかし、万が一手遅れになると命を落とす危険もありますので、怪しいと思ったら、必ず受診されることをお勧めします。
また、心嚢水貯留というのは、心臓を包んでいる『心膜』という膜に、腫瘍から出血した血液がたまってしまう状態です。心臓と心膜の間に液体が溜まってしまうと、心臓がポンプの役割を果たせなくなる、つまり血液を全身に送り出すことができなくなります。そうなると、酸素が身体中に運ばれなくなりますから、呼吸困難のような状態、つまり息苦しくなり、元気や食欲がなくなることはもちろん、チアノーゼ(舌が青紫になる状態)や緊迫した呼吸、さらには失神、突然死といった症状が生じる危険性があります。
心嚢水貯留は、進行すると『心タンポナーデ』という緊急処置が必要な状態に陥りますので、特に心臓の血管肉腫が発生しやすい高齢の大型犬が、上記のような症状が見られた時には注意が必要です。すぐに動物病院に駆け込むようにしてください。
心臓の腫瘍が血管肉腫かどうか、あるいは心嚢水貯留の原因が血管肉腫かどうかは、開胸手術を行い、実際に腫瘍を切除して検査しないと確実な診断はできません。
しかし、開胸手術自体が犬に大きな負担がかかりますので、現実的にはその診断まで至ることなく、「おそらく血管肉腫だろう」という診断にとどまることも多いです。もちろん余命に大きく関わる診断ですので、なるべく正しい診断を得られるようにするべきですが、犬への負担なども考慮して、かかりつけの獣医師と十分相談の上、診断、治療を進めるようにしましょう。
脾臓や肝臓、心臓以外にも、皮膚や骨(足や肋骨)に発生する血管肉腫、あるいは様々な部位に転移した血管肉腫があり、それぞれで様々な症状を示すようになります。しかし、いずれも血管肉腫に特徴的な症状というのはなく、見た目だけで血管肉腫と判断できるものはありません。ですので、皮膚のしこりや、あるいは体の痛み、また対症療法ではなかなか治らない症状があるときは、積極的に診断のための検査を受けるようにしましょう。
(どのようにして治療しますか?手術、抗がん剤など)
脾臓や肝臓の血管肉腫は、進行も早く、転移も多いため、外科手術を行っても完治することはほとんどありません。しかし、脆い腫瘍から大量出血すると、失血死の恐れもあるため、それを避けるための外科手術を行うこともあります。
文献的には、手術だけよりも、手術と抗がん剤療法を併用した方が、余命が伸びるとされています。ですので、犬の状態が抗がん剤療法に耐えられる状態であれば、また飼い主の方が抗がん剤療法のリスクや費用などを受け入れられるようであれば、併用療法を実施します。
また、心臓の血管肉腫は、今のところ有効な治療方法はありません。抗がん剤療法が、症状を緩和させる可能性があります。
当院では、血管肉腫のほとんどが肝臓や脾臓、あるいは心臓の血管肉腫です。
肝臓や脾臓の腫瘍は、レントゲンや超音波検査だけでは、血管肉腫の診断はできませんし、どんな腫瘍であっても進行性のものであれば、腫瘍からの大量出血で命に関わるリスクがあります。ですので、このような腫瘍が見られた場合には、積極的に外科手術を行うようにしています。
外科手術の結果、血管肉腫と診断された場合には、飼い主の方と十分相談の上、抗がん剤療法を実施したり、あるいは緩和療法のみを行うこともあります。
これは私自身の経験ですが、肝臓や脾臓の血管肉腫では、抗がん剤療法を行なったとしても、数ヶ月ほどの余命で、まず一年持つことがほとんどありません。ですので、その期間を得るために抗がん剤療法を行うかどうかは、飼い主の方の価値観も重要だと考えており、場合によっては、抗がん剤療法は行わず、緩和療法のみを行うこともあります。
心臓の血管肉腫では、ほとんどが心嚢水貯留が見られています。受診した犬のほとんどが「元気がない」「すぐに座り込んでしまう」という症状で、検査の中で心嚢水を発見することが多いです。心嚢水貯留を認めた場合には、胸に針を刺して、貯留した液体を抜去します。ほとんどの犬はこの処置により、一旦は状態を回復させますが、中にはすぐに再貯留したり、不整脈が発生したりと、なかなか状態が改善しないケースもあります。
また、前述の通り、血管肉腫かどうかの診断は、開胸手術を行う必要があります。しかし、私が知る範囲では、心臓の血管肉腫では、外科手術によって状態が改善するケースはあまり多くないため、当院では、開胸手術を行わず、治療経過から血管肉腫を疑うことがほとんどです。もし、飼い主の方がより積極的な診断や治療を希望された場合は、大学病院などの高度医療施設を紹介しています。
抗がん剤療法、緩和療法何においても、犬の免疫力を高めるような対応をお勧めしています。これは様々な方法があり、飼い主の方の生活環境に合わせて取り入れていただいていますが、医療的には、アガリクスなどのサプリメント、あるいはインターフェロン療法をお勧めしています。これらが血管肉腫を消滅させたりすることはありませんが、中には、生活の質を維持できるケースもありますので、個人的にはぜひ取り入れていただきたいと考えています。
普段からどんなことに注意して飼ったらいいですか?
残念ながら、血管肉腫の原因は不明のため、確実に予防する方法はありません。しかし、原因のパートで述べましたように、体に生じる過剰な慢性炎症が、血管肉腫のリスクになる可能性があるため、なるべく体に負担のない食事、つまり消化性の高い食事や栄養バランスの良い食事をお勧めしています。
また、その慢性炎症を取り除くためには、アガリクスのような免疫力を高めるサプリメントも有用かもしれません。ただし、犬用のサプリメントはまだまだ法整備もなされておらず、残念ながら粗悪と思われる製品もありますので、サプリメントを取り入れる場合は、必ず高品質なものを使うようにしてください。
執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
【PR】ペット用キングアガリクス100
皮膚・毛並みが気になるワンちゃん、ネコちゃんに対する飼い主様満足度82.5%、獣医師の満足度84.6%
© 2024 ケーエーナチュラルフーズ株式会社