獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
猫の皮膚腫瘍は、皮膚に発生する腫瘍(がん)の総称です。
厳密には、私たちが目にする皮膚腫瘍は、皮膚組織自体の腫瘍だけでなく、皮膚の下にある組織、つまり皮膚と筋肉の間にある『皮下組織』に発生する腫瘍も合わせて『皮膚腫瘍』と呼ぶことがほとんどです。
ですので、ここでも皮膚腫瘍と皮下腫瘍を合わせて『猫の皮膚腫瘍』と呼ぶことにします。
さらに、猫の皮膚腫瘍は、見た目だけでは厳密な区別をつけることが難しいため、実際の診察では、乳腺腫瘍(乳がん)やリンパ腫なども、飼い主の方は『皮膚のしこり』として気づかれることもあります。
そのため、ここでは乳腺腫瘍とリンパ腫についても、簡単に触れることにします(これらについては、別の機会に詳しくお伝えいたします)。
猫の皮膚腫瘍は、病名としては様々な種類がありますが、猫の品種によって、罹りやすさの差がある腫瘍はほとんどありません。
ただし、品種に差がないというよりは『わからない』というのが正確なところです。
今後、獣医学が発展するにつれ、品種の差による病気のかかりやすさもわかってくるかもしれません。
猫の皮膚腫瘍の原因はほとんど分かっていません。ある種の扁平上皮癌では、ウイルスや毒性物質、あるいは紫外線(日光)などの関係性が疑われていますが、猫ではまだはっきりしたことはわかっていません。
(どのような症状がありますか?動物病院を受診するポイント)
猫の皮膚腫瘍の症状は、腫瘍の種類によって様々なものが見られます。
猫の皮膚腫瘍で多く見られる『基底細胞腫』は、良性の腫瘍ですが、触った感じは硬く、ぷっくりと膨らんでいますが、筋肉にはくっついておらず、皮膚と一緒に動きます。さらに見た目は、腫瘍が膨らんだ部分は毛が抜けてしまい、中には皮膚が色素沈着を起こし、黒くなっているものもあります。
その一方で、こちらも猫でよく見る『脂肪腫』と呼ばれる皮下腫瘍の一つは、基底細胞腫と同じように、良性腫瘍でぷっくらと膨らんでいますが、触っても硬くはなく、弾力があります。また、筋肉とはくっついている場合もありますし、くっついていない場合もあります。そして見た目は、脱毛もなく、ただ皮膚が盛り上がっているだけのように見えます。
このように、基底細胞腫と脂肪腫のように、同じ良性の皮膚腫瘍でも、その所見は全く異なります。
『肥満細胞腫』(脂肪腫とは全く別の腫瘍です)のように周辺組織に炎症を引き起こすタイプもありますし、『乳腺腫瘍』が乳腺近くに様々な大きさのしこりを作るように、特徴的な場所にできる腫瘍もあります。
リンパ腫は、正確にはリンパ節が腫れている状態なのですが、見た目には、皮膚が盛り上がっている皮下腫瘍に見えることがあります。ただし、リンパ節は、顎の付け根、喉元、脇、膝の後ろなど、体表リンパ節という特徴的な場所にありますので、正しいリンパ節の位置を知って入れば、多くは区別できます。
良性の腫瘍でも、大きくなりすぎると、腫瘍自体が破れてしまい、出血や化膿、痛みを引き起こすこともあります。
腫瘍自体の病変以外にも、悪性の腫瘍では、体のあちこちに転移してしまい、それに伴う症状が見られることもあります。
多くの場合、悪性腫瘍が転移してしまうと、元気や食欲がなくなり、体重がどんどんと減っていきます。貧血が見られるケースもあります。
また、例えば肺に転移した場合は、咳や呼吸困難が見られたり、肝臓に転移した場合は、黄疸症状(白目や地肌が黄色くなる)が出るなど、転移した臓器によっても、症状に特徴が見られることがあります。
(どのようにして治療しますか?手術、抗がん剤など)
猫の皮膚腫瘍の多くは、外科療法、つまり手術による腫瘍の切除が行われます。
基本的に良性腫瘍は、転移することもなく、寿命に影響を与えることのない腫瘍なので、手術は必要ないと思われるかもしれませんが、中には良性腫瘍であっても巨大化して破れてしまい、痛みや強い炎症を引き起こすこともあります。
さらには、そのしこりがどのような腫瘍かどうかを診断するための病理検査を受けるためには、腫瘍を切除する必要があります。
もちろん事前にある程度診断する方法もありますが、切除後の腫瘍で病理検査を行う方法が、最も正確に診断名をつけられる方法です。
ですので、手術前の診断がはっきりしない時には、切除しての病理検査が必要になります。
このように良性腫瘍であっても、手術によって、猫の生活に得られるメリットが大きければ、手術を実施することになります。
そして、手術によって腫瘍細胞を取り残すことなく切除し、腫瘍も良性だった場合は、完治となります。
腫瘍細胞を取り残した場合や悪性腫瘍の場合は、外科療法だけでは完治しないため、抗がん剤療法や放射線療法などを組み合わせて治療を行うようになります。
手術による腫瘍細胞の取り残しは、肥満細胞腫のように、見た目以上に腫瘍細胞が周辺組織にまで広がってしまっている場合に起こります。もちろん、取り残してしまうと再発しますし、再発時の再手術は、1度目の手術よりも難易度が高くなってしまいますので、できる限り取り残しのないように手術を行います。ただし、顔面の腫瘍や肛門の腫瘍など、完全に腫瘍を取りきることができないケースがあることも事実です。
また、足先にできた腫瘍は、腫瘍だけを切除することが難しく、腫瘍細胞を取り残すことなく切除するために、足ごと切除(断脚)することもあります。この場合は、腫瘍細胞を全て切除できたとしても、猫の運動機能に大きな制限が加わることになります。このように、手術は可能でも、手術後に大きな後遺症が残ってしまうケースもありますので、手術を行う際には、治療後のことまで十分に考えた上で実施することが重要です。
皮膚腫瘍と間違われることが多いリンパ腫である『多中心性リンパ腫』については、外科療法は行わず、抗がん剤療法を実施します。リンパ腫は外科療法よりも化学療法の方がはるかに効果が高いことが知られており、また他の皮膚腫瘍よりも抗がん剤療法の効果が出やすい腫瘍です。
そのほかの皮膚腫瘍でも、外科療法が適応できなかったり、外科手術で完全に取りきれなかった場合には、化学療法を行います。猫の皮膚腫瘍に対して化学療法を実施する場合、抗がん剤の種類はたくさんあり、またその投与スケジュールも様々ですので、化学療法を行う際には、必ず正しい診断がついていること、治療を続けられること、これらを確認した上で実施することが望ましいです。
外科手術ができない皮膚腫瘍や、外科手術後の再発予防のために、放射線療法を実施することもあります。放射線療法は、特定の皮膚腫瘍に対して、症状の軽減や腫瘍の大きさを縮小させる効果が知られています。ただし、放射線療法は実施できる施設が限られており、大学病院や医療設備の整った動物病院で実施することができます。
すでに皮膚以外の臓器に転移している場合は、緩和療法が中心になることもあります。緩和療法は、延命を目指す治療ではなく、皮膚腫瘍に罹った猫の生活の質(Quolity of Life : QOL)を維持するための治療です。具体的には痛み止めや吐き気どめ、下痢止めなど、少しでも症状を”緩和”させる治療を行います。
猫の皮膚にしこりを見つけた場合は、まず治療を始める前にできる限り診断をつけるようにします。具体的には、しこりに対して針を刺して、しこりの中の細胞を採取し、それを顕微鏡でチェックする『細針吸引生検』(単に細胞診と呼ぶこともあります)を行います。
この細針吸引生検は、外科切除後に実施する『病理学的検査』に比べて、診断率はやや劣りますが、治療方法や手術方法を選択する上で必須の検査となり、猫にとって少しでも負担の少ない治療を行うためには非常に重要な検査となります。
そして検査結果に基づき、外科療法や抗がん剤療法、放射線療法などの治療を実施することになります。
猫の皮膚腫瘍の診療の実際では、外科療法や放射線療法は全身麻酔が必要になります。一方、細胞診や化学療法、あるいは皮膚腫瘍を評価するための血液検査やレントゲン検査などは、基本的に全身麻酔は不要なのですが、性格的に神経質な猫の場合、このような検査でも全身麻酔が必要になることもあります。
全身麻酔の場合は、絶食などの準備が必要になることがありますので、もし、動物病院が苦手で、極度に緊張してしまう猫の場合は、皮膚のしこりを見つけたら、受診前にまずは電話などで対応方法を相談してみることをお勧めします。
(普段からどんなことに注意して飼ったらいいですか?)
残念ながら、猫の皮膚腫瘍を予防する方法は確立されていません。
一般的に腫瘍は、猫の体内の酸化反応や糖化反応、あるいは細かな炎症反応の調整ができなくなることが、大きなリスクになると考えられています。
そのため、それらの反応を健全に維持することが、猫の皮膚腫瘍の予防につながるかもしれません。
具体的には栄養バランスはもちろん、消化や吸収も考慮した良質な食事を心がけたり、あるいはアガリクスなど免疫力を整える作用が期待できるサプリメントを取り入れると良いかもしれません。
ただし、猫のサプリメントには様々な品質のものが存在していますので、きちんと高品質なサプリメントを選んであげることが重要です。
執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
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