獣医師執筆
森のいぬねこ病院グループ院長
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会所属
西原 克明(にしはら かつあき)先生
脾臓腫瘍(脾臓のがん)は、がんの中でも比較的多く見られるがんです。
脾臓の役割は、血液の中で古くなった赤血球を選別したり、あるいは免疫細胞であるリンパ球(白血球の一種)を作ったりします。
また、血液細胞は大人の犬では主に骨髄で作られるのですが、骨髄に何かしら問題が生じた時には、脾臓でも作られることがあります。
このように脾臓は血液細胞と深く関係した臓器で、実際に、他の臓器よりも血管が非常に豊富です。そのため、脾臓はとても出血しやすく、腫瘍に気づかずに大きくなりすぎると、腫瘍から大量出血を起こし、緊急的な状態陥ることもあるため、注意が必要です。
脾臓に発生する腫瘍には、血管肉腫、線維肉腫、肥満細胞腫、リンパ腫といった悪性腫瘍があり、脾臓腫瘍の70%を占めると言われています。
また、血管腫や線維腫といった良性腫瘍が見られることもあります。さらには、血腫や結節性過形成と呼ばれる腫瘍ではない病変が見つかることもあります。
文献的には大型犬(ゴールデンレトリバーなど)に多いと言われていますが、実際の診療では、小型犬での脾臓腫瘍もたくさん診ますので、実際のところは、どの犬種にも起こりうる腫瘍だと言えます。
犬の脾臓腫瘍の原因は今のところ、はっきりとはわかっていません。
現在の基礎研究では、腫瘍が発生するメカニズムとして、体の中で起こる目に見えない細かな炎症がコントロールできなくなると、がん細胞が増えすぎてしまい、腫瘍が発生してしまうと考えられています。
(ちなみに、がん細胞は日常的に作られていて、健康な場合は免疫細胞がきちんと処理しています)。
そして人間の医療では、腫瘍が発生する要因として、食事やタバコ、ストレスなどの影響が疑われていますので、犬の場合もその辺りが何かしらの要因になっている可能性があります。
(どのような症状がありますか?動物病院を受診するポイント)
実は犬の脾臓腫瘍の初期は、日常生活の中で気づくことはほとんどありません。
そのため、見た目の症状から脾臓腫瘍を早期発見することが非常に難しいため、定期的な腹部エコー検査を含む健康診断を受けることが大切です。中でも脾臓腫瘍の早期発見には腹部エコー検査が欠かせません。
もちろんCT検査も非常に有効な検査ですが、現在の動物病院ではCTを持っている施設が限られていることや、基本的には全身麻酔での検査になることから、脾臓腫瘍を早期発見するための定期検査には、腹部エコー検査の方が実施しやすいと言えます。
また、血液検査やレントゲン検査では、初期の脾臓腫瘍を見つけることは非常に困難です。健康診断を実施している動物病院の中には、腹部エコー検査をオプションとしているところもありますので、健康診断を受診する際には、必ず腹部エコーも実施してもらうようにしましょう。
また、脾臓腫瘍がある程度進行した場合、その症状の現れ方は、腫瘍の種類にもよります。
基本的に悪性腫瘍の場合は、元気食欲の低下や痩せてしまうといった全身的な症状、あるいは貧血症状(歯ぐきや舌が白っぽくなる、運動してもすぐバテる、寝てばかりいる)を認めることもあります。
しかし、これらの症状は脾臓腫瘍だけに特徴的な症状ではないため、やはり動物病院できちんと診断をしてもらう必要があります。
一方、良性腫瘍の場合は、やはりある程度進行してもほとんど目立つ症状が見られないため、腫瘍に気づかずさらに進行させてしまうことが多く、注意が必要です。
さらに脾臓腫瘍が進行した場合に注意が必要なのが『出血』です。
前述のとおり、脾臓は非常に血管が豊富な臓器です。そこに腫瘍ができると、腫瘍自体は脆いため、簡単に破れて出血を起こしてしまいます。
中には大出血を起こすケースもあり、その場合は数時間以内に対処しないと失血死してしまう可能性もあります。
犬が突然ぐったりしている、お腹が膨れている、歯ぐきが白いなどの症状が見られた場合は、決して様子を見ず、すぐに動物病院を受診するようにしてください。
(どのようにして治療しますか?手術、抗がん剤など)
犬の脾臓腫瘍の治療は、基本的に外科手術になります。
かし、脾臓腫瘍の場合、手術の前段階、つまり手術するかどうかの判断が難しいことがあります。
脾臓腫瘍を患った犬が、すでに何かしらの症状を伴っている場合は、ほぼ手術を実施することになります。
しかし、健診で見つかったケースなど、何の症状もない場合は、その検査で見つかったしこりが悪性腫瘍なのか、良性なのか、あるいは腫瘍ではないのか、それを判断することが非常に難しく、手術の判断に迷うことがあります。
通常の腫瘍であれば、腫瘍に針を刺し、針の中に入った細胞をチェックすることである程度の診断ができます。
しかし脾臓腫瘍の場合は、針を刺すことで出血が起こるリスクがあるため、そこまでの検査できない病院がほとんどです。
犬の脾臓腫瘍の中でも、悪性腫瘍は進行も早く、様子を見すぎると手術が難しくなったりしますし、お腹の中で大出血を起こす可能性も高まってしまいます。
そのため原則的には脾臓にしこりが見られた場合は、積極的な手術を行うことが原則だと思います。
一方で、腫瘍でなく、大きさの変化も見られない場合は、基本的に切除する必要はありません。
以前は、脾臓は手術で摘出しても体への影響はないと言われていましたが、近年では免疫系に影響を与える可能性があるということで、むやみに切除するべきではないとする考えもあります。
そこで参考になるのが、統計学的な数字なのですが、犬の脾臓にしこりが見つかった場合、およそ2/3が腫瘍、その中の2/3が悪性腫瘍と言われています。ですので、事前にその診断が難しい場合は、可能性を考えて積極的に脾臓摘出の手術をすることが多いです。
また、そのような状況でも、飼い主の方が経過観察を選択された場合には、こまめに腹部エコー検査で大きさの変化や他の臓器への転移などをチェックします。
もし、脾臓のしこりが徐々に大きくなる場合、たとえ良性腫瘍や非腫瘍であっても、破れて出血してしまう恐れがありますので、その場合も外科手術を行うことになります。
手術後は悪性腫瘍の場合、抗がん剤療法を行うこともあります。抗がん剤療法については、実際には腫瘍の種類によって、様々な抗がん剤を組み合わせて用いる『多剤併用療法』が一般的です。
近年では『免疫療法』と呼ばれる、自分自身の免疫力を高める治療を行い、腫瘍を取り除くのではなく、それ以上大きくさせない、つまり腫瘍とうまく付き合っていくという治療を行なっている施設もあります。
免疫療法については、その効果の検証がまだまだ不十分なため、実施にあたってはかかりつけの獣医師としっかりと相談した上で実施するようにしてください。
免疫療法には、インターフェロン療法や再生医療の技術を応用したものがありますが、抗がん剤ほどではないにしろ副作用がないわけではありません。また今のところは実施できる施設も限られています。
一方、アガリクスなど免疫調整作用のあるサプリメントを取り入れることもお勧めです。
あくまでサプリメントですので、こちらも効果の検証が十分行われているわけではありません。しかし私の経験として、このようなサプリメントを取り入れることで、腫瘍を患っていても、生活の質がある程度維持できる、あるいは抗がん剤の副作用が軽く済む、そういった手応えを感じています。
ただし、犬用のサプリメントの現状として、きちんとした法整備がなされておらず、中には粗悪品があるのも事実です。
そのため、サプリメントを取り入れる際には、その品質をきちんと確認することが重要です。
中でもアガリクス専門メーカーが扱っているアガリクスは、学術論文も豊富で、かつサプリメントとしても余計なものが加わっていない非常に品質の高いものは、安心して使用していただけると思います。
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森のいぬねこ病院では、ご来院いただく方には少なくとも年に2回の健康診断をお勧めしています。
そのため、多くの犬の脾臓腫瘍はその健診の中で見つかり、症状は一切ありません。
そのような場合でも、基本的には外科手術をお勧めしていますが、中でもゴールデンレトリバーなど悪性腫瘍の可能性が高いと言われている大型犬で見つかった場合は、より積極的な外科手術をお勧めしています。
一方、小型犬では、飼い主の方の強い希望により手術を行わないケースもあります。
その場合、1〜2週間ごとの定期的な腹部エコー検査を実施させていただき、しこりが大きくなる場合は、外科手術に踏み切ります。
一方、大きさが変わらない場合は引き続き経過観察するケースもありますし、中にはしこりがなくなってしまうケースも少なからずあります。もちろん、経過を見る中で、結局は悪性腫瘍だったということもあります。
一般的に獣医師は、悪い状況を想定して備えますので、犬の脾臓腫瘍の場合も悪性腫瘍の可能性を考えて、どんな犬種でも積極的に外科手術を行う病院も多いと思います。
しかし、私の経験の中で、脾臓摘出することで免疫病を発症してしまった犬もいて、手術後の生活がかなり大変になってしまったことがあります。(しかも脾臓のしこりは腫瘍ではない血腫でした)
もちろん、こういうケースは非常に稀ですが、私の場合は様々なケースを想定させていただいた上で、治療を選択していただくようにしています。
また、脾臓の腫瘍が破れてお腹の中で出血してしまうようなケースでは、ほとんどが突然、ぐったりしています。
これまでに、トリミング中に突然ぐったりしてしまった、散歩中に突然動かなくなった、そういう状況で来院され、検査で脾臓腫瘍の破裂だったということがありました。
その時は緊急的に輸血、手術が必要になり、私の場合は幸運にもこれまでは手術によって一命をとりとめたワンちゃんばかりですが、中には来院時にはすでに亡くなっていたというケースもあります。
(普段からどんなことに注意して飼ったらいいですか?)
残念ながら犬の脾臓腫瘍を予防する方法は確立されていません。
しかし、体の細かな炎症をコントロールする上で、栄養は非常に大切です。
そのため、抗酸化作用のあるサプリメントを摂取したり、添加物など酸化作用の強いものの摂取を控えるなどの工夫は有効かもしれません。
抗酸化作用のあるサプリメントとしては、不飽和脂肪酸、発酵食品、アガリクスなど様々なものがあります。しかし、ここでもやはりサプリメントの品質が非常に重要ですので、必ず品質の良いサプリメントを取り入れるようにしてください。
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執筆者
西原 克明(にしはら かつあき)先生
森のいぬねこ病院グループ院長
帯広畜産大学 獣医学科卒業
略歴
北海道、宮城、神奈川など様々な動物病院の勤務、大学での研修医を経て、2013年に森のいぬねこ病院を開院。現在は2病院の院長を務める。大学卒業以来、犬猫の獣医師一筋。
所属学会
日本獣医学会、動物臨床医学会、獣医がん学会、獣医麻酔外科学会、獣医神経病学会、獣医再生医療学会、ペット栄養学会、日本腸内細菌学会
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